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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)58号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

原告

古河電気工業株式会社

代表者代表取締役

友松建吾

訴訟代理人弁理士

若林広志

東京都江東区木場1丁目5番1号

被告

株式会社フジクラ

(旧商号・藤倉電線株式会社)

代表者代表取締役

田中重信

訴訟代理人弁護士

藤本博光

訴訟復代理人弁護士

鈴木正勇

主文

1  特許庁が昭和63年審判第6349号事件について平成5年3月4日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告(審判被請求人)は、名称を「ケーブル導体」とする特許第1402938号発明(以下、「本件発明」という。)の特許権者である。ちなみに本件発明は、昭和53年5月24日になされた実用新案登録出願(昭和53年実用新案登録願第69890号)が、同年10月27日に特許出願(昭和53年特許願第132333号)に変更され(別紙図面B参照)、昭和60年7月19日付け手続補正(以下、「本件補正」といい、添付の明細書を「補正明細書」といい、添付の図面を「補正図面」という。)を経て、同年12月13日に特許出願公告(昭和60年特許出願公告第57165号公報)され、昭和62年9月28日に特許権の設定登録がなされたものである。

原告(審判請求人)は昭和63年4月6日、本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、昭和63年審判第6349号事件として審理された結果、平成5年3月4日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年4月5日原告に送達された。

2  本件発明の要旨(特許請求の範囲1項)

銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

別紙審決の写し記載のとおり。なお、審決に引用されている昭和52年電気学会東京支部大会講演論文集[1](昭和52年11月発行)の163、164頁を、以下「引用例1」(別紙図面D参照)といい、昭和31年実用新案出願公告第8449号公報を、以下「引用例2」(別紙図面C参照)という。

4  審決の取消事由

各引用例(引用例1および引用例2を含む審判手続における甲第1ないし第5号証および甲第8号証)に、審決の認定(12頁15行ないし14頁13行)どおりの技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、本件補正が適正になされたものと誤って判断し、かっ、引用例1および引用例2記載の技術内容を誤認して相違点の判断を誤り、かつ、本件発明が奏する作用効果をも誤認して、原告が主張する理由および提示した証拠によっては本件発明の特許を無効とすることはできないと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)取消事由1

ア 本件補正後の特許請求の範囲は、上記2のとおりである。

この特許請求の範囲のうち、「各セグメントに(中略)絶縁被膜が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設した」構成には、「全部の素線が酸化第二銅皮膜を有する素線で構成されているもの」(別紙図面EのタイプA)、「各セグメントの表面層を酸化第二銅皮膜を有する素線で構成し、その他の素線を裸素線(酸化第二銅皮膜を有しない素線)としたもの」(同タイプB)、「各セグメントの表面から2層目を酸化第二銅皮膜を有する素線で構成し、その他の素線を裸素線としたもの」(同タイプC)および「各セグメントの表面から3層目を酸化第二銅皮膜を有する素線で構成し、その他の素線を裸素線としたもの」(同タイプD)が含まれることは明らかである。

そして、本願発明の願書添付の明細書(以下「当初明細書」という。)には、タイプAに関して「ケーブル導体の全部を以上の絶縁素線10で構成する」(3頁1、2行)、「ケーブル導体の全部を絶縁素線10で構成した」(同頁16、17行)との記載があり、タイプBに関して「セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にする」(同頁5ないし7行、第3図)との記載がある。

また、当初明細書には、

〈1〉 「表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませること」および「酸化皮膜が、銅の表面を酸化させて形成した酸化第二銅であること」

〈2〉 本願発明の願書添付の図面(以下「当初図面」という。)第3図を参照して、「セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にすること」

〈3〉 第4図および第5図を参照して、「円形より線導体の場合には中心から同心的に絶縁素線10を配置し、外側を非絶縁素線30にすること」、および「また上記と逆にしてもよいこと」

〈4〉「ケーブル導体の全部を絶縁素線10で構成すること」が記載されている。

イ 審決は、上記〈2〉が、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体において、その各セグメントに酸化第二銅皮膜による絶縁皮膜が設けられている素線を外層に配設したことを特徴とするケーブル導体」に相当すると判断した。そして、審決は、この「外層」が「素線が互に同一撚層になる位置に配設された層」を意味し、また、「外層」が最外層だけを意味するのではなく、最外層をも含む複数の層からなる層をも意味すること、すなわち「少なくとも1層からなること」は明らかであるから、上記「外層」は「素線が少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設された層」に相当し、しかもこのような層を「分割圧縮整型撚線導体の表面層に配置した」ものにも相当するから、本件補正後の特許請求の範囲に記載されている事項(タイプC、Dの導体を含む。)は、当初明細書および図面に記載された事項の範囲内のものであると判断している。

ウ しかし、当初明細書の「素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませること」の実施例として、当初図面の第3図に記載されているのは外層22のみを絶縁素線10にしたものであり、第5図に記載されているのは同心撚線の中心から中間層までを非絶縁素線30にし、外側の複数層を絶縁素線10にしたものであって、いずれも最外層は絶縁素線である。つまり、当初図面には、タイプC、Dの導体のように、最外層を非絶縁素線にすることは開示されておらず、またそのような構成は当初明細書および図面から自明でもないから、審決の上記判断は誤りである。

エ 審決は、上記〈1〉、〈3〉および〈4〉の記載を参酌すると、「素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設された層」を「内部」の位置に配置することは、出願当初すでに示されていたということができるとし、円形より線導体がセグメント20に対応することを考慮すると、絶縁素線を配設した層を各セグメントの「内部」の位置に配置することも、出願当初すでに示されていたということができると判断している。

しかしながら、当初図面第3図のセグメント20と、第5図の円形より線導体は別異のものであるのに、審決はこれを対応するものとし、これらを同一視している。さらに、補正明細書に「複数本の銅素線を撚り合わせて圧縮整型してセグメント20を構成しているが、この各セグメント20の表面より第2層22の銅素線は酸化第二銅皮膜を有する絶縁素線10よりなり、表面第1層26および内層24は通常の銅素線からなるものである。」(7頁9ないし14行)と記載された導体、すなわち上記のタイプC(これが唯一の実施例である。)およびタイプDの導体のように、セグメントの中間層のみを絶縁素線にし、その内側と外側を非絶縁素線にする構成は当初明細書および図面に記載されておらず、またそのような構成は当初明細書および図面から自明でもないから、審決の上記判断は誤りである。

オ 補正明細書8頁3ないし20行には、本件発明の作用効果が、後記(3)アないしキのように記載されている。

しかし、ここに記載されている作用効果は、すべて当初明細書および図面には全く記載されていなかったものであり、それらの記載から自明のものでもない。

カ このように、本件補正は、当初明細書および図面の要旨を変更するものであり、かつこの補正は出願公告決定の謄本送達前にされたものであるから、本件発明の特許出願日は、本件補正がなされた日とみなされる。

この点について、被告は、本件補正後の特許請求の範囲は当初明細書に記載されている特許請求の範囲に含まれるし、タイプCおよびDの導体も当初明細書に記載されている特許請求の範囲に含まれると主張する。しかしながら、平成5年法律第26号による改正前の特許法41条は、当初明細書および図面に記載した事項の範囲内においてする特許請求の範囲の補正は要旨変更にならない旨を規定しているのであって、当初明細書に記載されている特許請求の範囲に含まれることになる補正が要旨変更にならないと規定しているのではないから、被告の上記主張は失当である。なお、実施例は特許請求の範囲の解釈の基礎となるものであるが、ケーブル導体における表皮効果低減の作用効果は、導体内の絶縁素線の本数やその配置によって当然に異なるから、当初明細書および図面に記載されている実施例を全く別のものに置き換えることも、要旨変更になるといわねばならない。

キ そうすると、本件発明の特許出願前に、本件発明の特許出願公開公報(昭和54年特許出願公開第153288号公報)が存在する。この公報記載の発明と本件発明とを比較すると、本件発明は、上記公報記載の発明と同一であるか、少なくとも同発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。

したがって、本件補正が当初明細書および図面の要旨を変更するものではないと誤って判断し、この判断を前提として、本件発明の特許を無効にすることはできないとした審決の判断は、誤りである。

(2)取消事由2

審決は、本件発明の素線の具体的構成である「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」という構成について、上記各引用例のいずれにも記載がなく、また、これを示唆する記載もないと認定判断している。

しかしながら、この相違点に係る本件発明の構成は、引用例1記載のものに引用例2記載のものを組み合わせることによって、当業者であれば容易に想到できたのであるから、審決の上記認定判断は誤りである。

ア 引用例1は、「電力ケーブル用大サイズ導体の表皮効果」と題する論文であって、絶縁材料がエナメル、導体断面積が2500mm2、導体分割数が6、材質が銅の素線絶縁分割導体が記載(164頁9ないし11行)されている。この分割導体は素線絶縁であるから、全部の素線がエナメル絶縁素線で構成されている。

この引用例1記載の導体と、本件発明の構成を示すタイプAの導体とを比較すると、前者が素線の絶縁材料がエナメルであるのに対して、後者は素線の絶縁材料が酸化第二銅である点において相違するにすぎない。

イ 一方、引用例2には、断面扇形の撚線セグメントを撚り合わせて1本の導体としたケーブルの分割導体において、撚線セグメントの外表面に酸化銅皮膜を形成したものが記載され、第1図には撚線セグメントA1、A3に酸化銅皮膜S1、S3を形成したものが示されているが、酸化銅皮膜は「場合によってはA2、A4の外表面にも生成せしめることがある」(左欄8、9行)との記載もあるので、すべての撚線セグメントの外表面に酸化銅皮膜を形成した分割導体が記載されていることになる。

引用例2にいう「撚線セグメント」は撚線を断面扇形に圧縮整型したものであり、「分割導体」は複数本の撚線セグメントを互いに絶縁した状態で撚り合わせたものであるから、引用例2記載の「分割導体」、「撚線セグメント」は、それぞれ本件発明における「分割圧縮整型撚線導体」、「セグメント」に対応する。

そして、引用例2には、「断面積大なる単心ケーブルの導体は、その表皮効果による交流実効抵抗の増大を減殺する為に数個の断面扇形撚線単位に分割し、従来はそれらの各々に被覆紙絶縁P1、P2、P3及びP4を施こす様式がとられ、それらを最終的に撚合せて1導体とし、此れを以てケーブルの分割導体として使用していた」(左欄12ないし18行)、「本案は従来の紙絶縁に代えるに線素材それ自身の表面に生成させた酸化銅皮膜S1、S3…を以てしたことを要旨とする」(左欄20ないし22行)、「実験によれば撚線セグメント相互を電気的に遮断する絶縁層はそれ程絶縁耐力の高いものでなくとも実用上差支えない」(右欄7ないし9行)および「本案はかかる事実に基づいたもので実施上P層とS層とに効果上差異なきことを認めた。」(右欄12、13行)との記載があるが、ここに記載されている酸化銅皮膜は、従来用いられていた紙絶縁代わりに用いられるものであるから、その使用目的が、紙絶縁と同じく表皮効果の低減にあることは明らかである。ちなみに、引用例2には、酸化銅皮膜を形成した分割導体は、「従来のものに比して作業が著しく簡単容易であり、しかも出来上りは紙絶縁の場合に比し遥かにコンパクトであるとともに絶縁剥離のおそれが全くない」(右欄13ないし17行)という作用効果があることも記載されている。

なお、昭和50年特許出願公開第49667号公報(甲第10号証)および昭和52年実用新案出願公開第9077号公報(甲第11号証)によれば、大サイズケーブル導体の表皮効果を低減するため素線に酸化銅皮膜を施すことは、本件出願前に技術水準となっていたということができる。

この点について、被告は、引用例2記載の考案における酸化銅皮膜の形成は表皮効果の低減とは無関係であると主張する。しかしながら、撚線導体を複数のセグメントに分割しても、各セグメントを互いに絶縁し、電流を各セグメント内に閉じ込めなければ、電流は電流を各セグメント間を自由に流れ、結局は導体の外周部に集中してしまうから、表皮効果を低減することはできない。

そして、酸化銅には酸化第一銅と酸化第二銅とがあり、酸化第一銅皮膜は機械的に弱く剥離しやすい。しかし、酸化第二銅皮膜は極めて薄くて銅との密着性がよく、適度の絶縁耐圧(絶縁耐力)もあるので、銅導体の絶縁材料として周知であり(甲第9号証)、かつ、機械的に強く摩擦や屈曲などで剥離するおそれがないことも周知である。

このような性質からみると、引用例2記載の銅酸化皮膜が酸化第二銅皮膜であることは明らかである。

この点について、引用例2には「S1、S3…を生成せしめる方法は一、二に止まらないが例えば次のようなものがある。即ち断面扇形をなす様に撚成した撚線セグメントA1、A3等をその形のままで筒状加熱炉中を一定速度で通過させ又はガスバーナーの焔を外表面に当てて加熱するが如くである。」(左欄末行ないし右欄6行)との記載がある。ここには加熱温度も加熱時間も記載されていないが、銅を加熱した場合の表面の生成物は加熱温度や加熱時間によって異なるから、加熱方法だけで生成物を特定することはできない。そして、銅セグメントの熱伝導性と熱容量を考慮すれば、ガスバーナーの焔を撚線セグメントの外表面に当てて加熱する方法でも、撚線セグメントの表面温度を任意に調整することが可能であることを考慮すると、引用例2の上記記載から銅撚線セグメントの表面温度を推測して、引用例2記載の酸化銅皮膜が酸化第一銅皮膜であるとするのは無理である(なお、仮にガスバーナーによる加熱で銅素線の表面が800℃以上に達するとしても、その過程において酸化第二銅の生成に好適な250~400℃の温度領域を通過するから、酸化第二銅が生成されることは明らかであり、いったん生成された酸化第二銅は空気中では酸化第一銅に戻ることはないから、被告の下記主張は失当である。)。

なお、引用例2には「紙絶縁の場合に比し」との記載および「絶縁剥離のおそれが全くない」との記載があることは上記のとおりであるが、紙絶縁では紙は撚線セグメントに密着していないのであるから、その剥離という問題が生ずる余地はない。したがって、「紙絶縁の場合に比し」は「絶縁剥離のおそれが全くない」にはかからず、「遥かにコンパクトである」のみかかるのであるから、この記載を引用例2記載の酸化銅皮膜が酸化第一銅であることの根拠とすることはできない。

ウ 以上のとおり、本件発明の構成を示すタイプAの導体は、引用例1記載の導体のエナメル皮膜の代わりに、引用例2記載の導体の酸化第二銅皮膜を使用したものに相当するが、素線絶縁導体もセグメント絶縁導体も表皮効果の低減手段としては周知技術であるから、セグメント絶縁に使用されていた絶縁材料を素線絶縁の絶縁材料に使用する程度のことは、当業者が必要に応じて行う単なる材料の変更にすぎず、タイプAの導体の構成を得ることは当業者ならば容易になしえた事項というべきである。

(3)取消事由3

審決は、「本件発明は(中略)明細書に記載された「接続に際し容易に皮膜を除去することができる」、「仕上り導体径が太くならず、絶縁油に対しても安定である」等の前記甲号各証の記載からは予測することができない効果が得られるものと認められる。」(16頁11ないし18行)と認定判断している。

しかしながら、補正明細書に記載されている作用効果は、下記のとおり、いずれも本件発明に特有の作用効果といえないものか、当業者が容易に予測できた程度のものにすぎないから、審決の上記の認定判断は誤りである。

ア「本発明は(中略)近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる」(補正明細書8頁3ないし8行)について

本件発明の特許請求の範囲には、上記のとおり全部の素線を酸化第二銅皮膜で絶縁したケーブル導体が含まれる。このケーブル導体と引用例1記載の全部の素線をエナメルで絶縁したケーブル導体とを比較すると、両者は絶縁材料が異なるだけで、ケーブル導体内部の絶縁構造は全く同じであるから、近接効果あるいは表皮効果を小さくする作用効果も当然同じである。

したがって、この作用効果は、本件発明に特有の作用効果ではない。

イ「他に考えられる素線絶縁とは異なめ、薄くて安定でしかも製造容易な酸化第二銅皮膜による素線を用いた効果として接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去できるので、溶接接続が容易であり」(同頁8ないし13行)について

酸化第二銅が弱酸性液あるいは機械的手段により容易に除去できることは、本件発明の特許出願前から周知事実である(甲第15ないし第17号証)。したがって、絶縁皮膜に酸化第二銅皮膜を使用した素線絶縁導体であれば、上記の作用効果は当業者が当然に予測できることである。

また、接続に際し絶縁皮膜を容易に除去できるという作用効果は、酸化第二銅皮膜に限られるものでなく、エナメル皮膜でも同じである(甲第12号証)。したがって、この作用効果も、本件発明に特有の作用効果ではない。

ウ「素線絶縁が表層近くにある場合は接続時における素線の酸化皮膜は、その皮膜を除去するのに効率が良く」(同頁13ないし15行)について

この作用効果は、素線絶縁がセグメントの表層近くにある場合にのみ得られる作用効果であり、全部の素線が絶縁されている場合には得られない作用効果である。また、素線絶縁がセグメントの表層近くにあれば皮膜が除去しやすいことは、酸化第二銅皮膜に限ったことではなく、エナメル絶縁皮膜でも同じであるから、この作用効果も、本件発明に特有の作用効果ではない。

エ「皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上がり導体径が太くならず」(同頁15ないし17行)について

この作用効果は酸化第二銅皮膜が薄いことによるものであるが、酸化第二銅皮膜の厚さが0.5~2μmと極めで薄いこと(甲第9号証)、絶縁皮膜に酸化第二銅皮膜を使用すれば出来上りがコンパクトになること(引用例2)は分かっているのであるから、この作用効果は当然に予測できることである。また、素線絶縁皮膜の厚さは、素線の直径に比べれば極めて僅かなものであるから、酸化第二銅皮膜がいかに薄くても、エナメル皮膜と比較してケーブル導体の仕上り外径に実用上影響を及ぼすほどの差は出ない。

したがって、この作用効果は、当業者が容易に予測できたことであり、本件発明に特有の作用効果ともいえない。

オ 「絶縁油に対しても安定で」(同頁17行)について

この作用効果は、絶縁油を用いたOFケーブル(Oil Filled Cable)用の導体についての作用効果である。電力ケーブルには、絶縁油を用いるOFケーブルと、絶縁油を用いない架橋ポリエチレン絶縁ケーブルとがある。本件発明の特許請求の範囲は、そのケーブル導体をOFケーブル用の導体に限定しておらず、架橋ポリエチレン絶縁ケーブルの導体も含むのであるから、この作用効果を本件発明の作用効果ということはできない。

カ 「体積低効率104~106Ω・cmであって前述のエナメル素線絶縁に於けるが如き各種の欠点を生ずることなく」(同8頁17ないし19行)について

この記載は、内部遮蔽層と導体との間で起こる放電と、素線間で起こる放電について言及するものと考えられる。

まず、内部遮蔽層と導体との間の放電について、補正明細書には「更にエナメル皮膜による素線絶縁では、ステンレステープ巻および内部遮蔽層と内部の導体とが絶縁されるため、通常のケーブルでは発生しない異常電圧により放電が生じ、エナメル皮膜の熱分解を起すおそれがある。」(3頁9ないし13行)との記載、素線絶縁に体積抵抗率が半導電領域の値である酸化第二銅を使用すると「導体に高電圧が印加されても、電位分担が微小であるから異常電圧、充電電流に起因する放電の発生を防げる。」(5頁4ないし6行)との記載がある。

しかし、表皮効果低減のためケーブル導体内部を絶縁区分する材料として半導電性の材料を用いること、そして、半導電性の材料を用いれば、異常電圧が印加されても遮蔽層と導体との間に放電が生じないことは、古くから知られていた事項であり、当業者の技術常識である。すなわち、甲第13号証には、同証記載の考案は、従来セグメント絶縁に使用されていた絶縁紙の代わりに半導体紙を使用し、内部遮蔽層として使用されていた金属テープまたは金属化紙の代わりにも半導体紙を使用することが記載されており、また、セグメント絶縁に半導電性の材料を使用すれば、異常電圧が印加されても遮蔽層と導体との間に放電が生じないことが古くから知られていたと記載されている。

一方、甲第14号証には、セグメント絶縁導体において、セグメントの間に挿入される薄膜が僅かに導電性である場合、この種の材料は例えば105Ω・cmと106Ω・cmの間の抵抗値を持っていることが記載されている。そして、補正明細書に記載された酸化第二銅の体積抵抗率の値(104~106Ω・cm)は、上記の抵抗値と一致している。また、酸化第二銅皮膜が106Ω・cm程度の比抵抗(体積抵抗率と同じ)を持つ半導体であることも周知事実である(甲第9号証)。

甲第13号証および甲第14号証に記載されたケーブル導体はセグメント絶縁型の導体であるが、セグメント絶縁も素線絶縁もケーブル導体の表皮効果低減の手段としては同じであり、セグメント絶縁で半導電性材料を使用すれば放電が生じないことが分かっているのであるから、素線絶縁でも半導電性材料を使用すれば放電が生じないは当然に予測できる。したがって、素線絶縁に半導電性材料である酸化第二銅皮膜を使用すれば、内部遮蔽層と導体との間に放電が生じないという作用効果が得られることは、当業者であれば当然に予測できたことである。

次に、素線間の放電について、補正明細書には「従来のエナメル皮膜による絶縁はエナメル皮膜の体積抵抗率pが(中略)高く皮膜厚も厚く、(中略)電圧分担が高くなるため、導体を構成する素線間で放電が生じ、(中略)皮膜を設けた意味がなくなり、(中略)絶縁体を劣化させたりしたが、本願発明における半導電領域の抵抗を有する酸化第二銅皮膜ではこのようなことは起らない。」(5頁11行ないし6頁初行)と記載されている。

ここでは、エナメル皮膜を使用した場合には素線間に放電が生ずるとされているが、このようなことは常識的に考えて起こりえないことであるから、本件発明が上記のような特有の作用効果を奏するということはできない。

すなわち、電気学会論文誌B103巻9号579ないし586頁所載の論文「素線絶縁大導体電力ケーブルの交流実効抵抗の計算法の開発」(甲第18号証)には「上述の素線配列を考慮すれば、同一周に属する各素線には等しい電流が流れると考えられる。」(580頁左欄の下から8ないし6行)との記載があり、同じ層の素線はセグメントの中心からの平均半径(鎖交磁束数)が同じなので、同じ電流が流れ、各素線の電圧低下量も同じであること、つまり、同じ層の素線間には電位差が発生しないことが示されている。また、同頁左欄の下から6行ないし右欄3行には、各周の素線に流れる電流を求める考え方が記載され、各周で成り立つ式が示されており、この式から、素線の直流抵抗、素線に流れる電流および素線に鎖交する磁束は、周(層)によって異なるが、素線の単位長さ当たりの電圧降下量は各層とも同じになる(言い換えれば、各層の素線には電圧降下量が同じになるように電流が流れる)こと、つまり、層の異なる素線間に電位差が発生しないことが導かれる。

以上のとおり、素線絶縁導体のセグメント内の各絶縁素線間には電位差が発生しないのであるから、エナメル皮膜を使用すると素線間に放電が生ずる(エナメル皮膜が絶縁破壊する)ことはありえないことが明らかである。なお、エナメル皮膜を使用すると放電が生ずるというのであれば、エナメル皮膜による素線絶縁を使用した電力ケーブルは実用に供されないはずであるが、そのような電力ケーブルは本件出願後に日立電線株式会社から中部電力株式会社に納入され、実用に供されている。

キ 「これにより初めて素線絶縁の実用化を推進することができる。」(補正明細書8頁19行ないし9頁1行)について

この記載は、技術的な見通しを示すのみであり、本件発明の作用効果を述べるものではない。また、素線絶縁導体は、酸化第二銅皮膜によるもの以外にもエナメル皮膜によるものが実用化されていることは上記のとおりであるから、これを本件発明に特有の作用効果ということはできない。

第3  請求原因の認否および被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)および3(審決の理由の要点)は認めるが、4(取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  取消事由1について

本件発明が要旨とする「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮型撚線導体において、その各セグメントに(中略)絶縁被膜が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設」する構成が、当初明細書の特許請求の範囲に記載されている「導電素線をより合わせてなるより線導体において、(中略)素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませる」構成の一態様であることは明らかである。したがって、本件補正のうち特許請求の範囲の補正は、当初明細書および図面に記載されている事項の範囲内において行われたものである。

この点について、原告は、本件発明が要旨とする構成を示す別紙図面EのタイプCおよびDの構成は、当初明細書および図面に記載されておらず、これらの記載から自明の構成でもないと主張する。

原告主張のタイプCおよびDの構成が、本件発明の構成に含まれることは認めるが、これらの構成は、当初明細書の特許請求の範囲に記載されている「素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませる」という記載から、当業者ならば自明のものとして想到できる構成である。タイプCおよびDの構成そのものが当初明細書および図面に記載されていないという原告の主張は、当初図面は発明の実施例の幾つかを例示したものにすぎないことを無視したものであって、失当である。

なお、本件補正によって加えられた本件発明の作用効果は、本件補正前の特許請求の範囲記載の構成が当然に奏することができる作用効果である。したがって、作用効果の補正によって、本件発明の要旨が実質上拡張されたわけではない。

2  取消事由2について

原告は、ケーブル導体の表皮効果の低減手段として、素線絶縁およびセグメント絶縁がともに周知技術であることを論拠として、引用例1記載のセグメントを構成するすべての銅素線の絶縁材料に、引用例2記載の絶縁材料である酸化銅皮膜を適用して、本件発明の構成を示す別紙図面EのタイプAのケーブル導体の構成を得ることは、当業者ならば容易に想到しえたと主張する。

引用例1に取消事由(2)アの記載があること、及び、引用例1記載の導体と、本件発明の構成を示す別紙図面EのタイプAの導体が、絶縁材料の点においてのみ相違することは認める。

しかしながら、引用例2記載の考案は、引用例2の別紙図面C第2図、及び、「従来はそれらの各々に被覆紙絶縁P1、P2、P3及P4を施す様式がとられ、それらを最終的に撚合せて一導体とし」(左欄15行ないし17行)、「本案は従来の絶縁紙に代えるに線素材それ自身の表面に生成させた酸化銅皮膜(中略)を以てしたことを要旨とするものである。」(左欄20行ないし22行)との記載から明らかなように、断面扇形外表面部に酸化銅皮膜を生成させた技術であって、本願発明のように素線に酸化第二銅皮膜を設けたものではない。

また、引用例2記載の考案におけるケーブル導体の表皮効果の低減は、引用例2に「P1、P2、P3及P4はA1、A2、A3及びA4の被覆紙絶縁である断面積大なる単心ケーブルの導体は、その表皮効果による交流実効抵抗の増大を減殺する為に数個の断面扇形撚線単位に分割し」(左欄11行ないし15行)と記載されていることから明らかなように、銅導体を幾つかのセグメントに分割した結果として得られたのであって、各セグメントの外表面に酸化銅皮膜を形成することは、表皮効果の低減とは無関係であるから、引用例1記載の技術に引用例2記載の技術を適用することが容易であるという原告の主張は、前提において誤っている。

また、各セグメントを絶縁することがケーブル導体の表皮効果の低減手段であるとしても、銅素線の絶縁とセグメントの絶縁とは決して等価ではない(例えば、乙第9号証(被告1983年9月30日発行「藤倉電線技報」第66号65頁の図5)によれば、同じ電流を流すために、セグメント絶縁ならば断面積4000mm2の導体を必要とするの対し、銅素線絶縁の導体ならば断面積2500mm2でよく、導体サイズを小さくできる効果が大きい。)。したがって、素線絶縁に関する引用例1記載の技術に、セグメント絶縁に関する引用例2記載の技術を適用することに容易性はない。

のみならず、引用例2に記載されている酸化銅皮膜は酸化第一銅であって、酸化第二銅ではない。すなわち、乙第2号証(日本工業新聞社発行「金属防蝕技術便覧」391頁の図4・2)によれば、銅を加熱すると、580℃以上の温度においては酸化第一銅が生成し、酸化第二銅の生成はそれ以下(望ましくは250~400℃)の温度範囲において行われることが明らかである。しかるに、引用例2には、原告主張(取消事由2のイ)のとおり、その酸化銅皮膜の生成方法としてガスバーナーの焔を撚線セグメントの外表面に当てて加熱することが記載されている。そして、常用されているブンゼンバーナーの焔の外縁の温度は約1400℃であり、これを撚線セグメントの外表面に当てれば、銅線の外表面の温度は少なくとも800~1000℃に達するから、必然的に酸化第一銅のみが生成されるのであって、酸化第二銅が形成される余地はない。そして、酸化第一銅による皮膜であっても、従来の紙絶縁と同様の絶縁効果を得るには十分であるし、紙絶縁よりは絶縁剥離のおそれはない。このことを、引用例2は、「紙絶縁の場合に比し(中略)絶縁剥離のおそれが全くない」(右欄15ないし17行)と記載しているのである。これに対し、本件発明は、酸化第一銅皮膜と酸化第二銅皮膜とを比較し、ケーブル導体の絶縁皮膜として酸化第一銅皮膜は素線絶縁に必要な表面抵抗が得られず適当でないとの知見に基づいて創案されたものである。

したがって、本件発明が特許法29条2項所定の発明に当たらないとした審決の認定判断は、正当である。

3  取消事由3について

原告は、補正明細書に記載されている作用効果について、いずれも本件発明に特有の作用効果といえないものか、当業者が容易に予測できた程度のものにすぎないと主張する。

確かに、本件出願当時、酸化第二銅は公知であり、その物性も公知であったが、これを本件発明が対象とするケーブル導体の素線絶縁の材料に適用することによって得られる作用効果は、当業者といえども予測できかったのであるから、本件発明が奏する補正明細書記載の作用効果の顕著性は肯認されるべきである。

原告は、酸化第二銅皮膜の除去の容易性について甲第15ないし第17号証を援用するが、これらはケーブル導体を構成している銅素線の絶縁皮膜の除去に関するものではない。また、原告は、内部遮蔽層と導体の間で起こる放電について甲第13、第14号証を援用するが、これらに記載されているのは分割導体の各セグメントを絶縁紙によって絶縁したものであるから、これらをエナメル絶縁に比較すると放電がないという本件発明の作用効果を否定する論拠とすることはできない。さらに、素線間の放電に関する原告の主張は、単なる憶測に基づく理論にすぎない。なお、素線絶縁の優れた実用的効果は、本件発明の特許出願後に公表された乙第3ないし第8号証において、原告自身が酸化第二銅皮膜による素線絶縁はエナメル皮膜よりも低コストで行うことができ、皮膜の除去も容易で、良好な特性を有することを認めていることからも明らかである。

本件発明は、エナメルコーテイングによる絶縁と同じ、あるいはそれ以上の表皮効果の低減作用を維持しながら、エナメルコーテイングが持っ欠点(特に、異常放電の発生)を除去することに成功したものであって、進歩性を有することは明らかである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第3号証中の当初図面第2図及び第4号証(補正明細書及び補正図面)によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本件発明は、電力ケーブルに用いられる大サイズの分割圧縮整型撚線導体の改良に関するものである(補正明細書1頁17行ないし19行)。

大サイズの電力ケーブルに現れる表皮効果あるいは近接効果などによる交流損の対策として、多分割導体あるいは素線絶縁などが提案され(1頁20行ないし2頁5行)、素線絶縁としてはエナメルコーテイングが有効であると認められている(2頁9行、10行)。しかしながら、エナメルコーテイングによって所期の特性を得るためには、肉厚の被覆をしなければならないため、撚り合わせた導体の外径が大きくなるのみならず、手数と価格が増加し、導体の接続にも困難を伴う(2頁12行ないし3頁8行)。さらに、エナメル皮膜による素線絶縁では、ステンレステープ巻および内部遮蔽層と内部の導体とが絶縁されるため、通常のケーブルでは発生しない異常電圧により放電が生じ、エナメル皮膜の熱分解劣化を起すおそれがある(3頁9行ない13行)。

本件発明の技術的課題(目的)は、エナメルコーテイングによる素線絶縁の問題点を解消し、表皮効果および近接効果に対して有効なケーブル導体を提供することである(3頁16行ないし4頁1行)。

(2)  構成

本件発明は、上記の技術的課題を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲1記載の構成を採用したものであるが、絶縁被膜を形成する酸化第二銅の体積抵抗率が半導電領域の値であることが重要である(4頁2行ないし6行)。すなわち、分割部を構成する各扇形部分の周縁が酸化第二銅の半導電抵抗によって被覆され互いに絶縁されるので、銅素線の長手方向の抵抗に対して素線間の抵抗が十分に大きくなり、各銅素線が電気的に独立した状態とみなせると同時に、銅素線が一定のピッチで撚り合わされることによって、各扇形部分はほぼ均一のインダクタンスを持つことになり、表皮効果が効果的に低減される(4頁7行ないし19行)。

本件発明に採用される絶縁素線は、別紙図面Aの第2図にみられるように、銅素線12に酸化第二銅皮膜14を形成することによって構成するが(6頁2行ないし4行)、銅素線に酸化第二銅皮膜を形成する手段は極めて簡単であるうえ、その皮膜は薄く銅素線と強靭に一体化して、機械的あるいは化学的刺激にも強く、もとより素線絶縁に十分な半導電性を有する(6頁11行ないし17行)。

本件発明ではこのように酸化第二銅皮膜を設けた銅素線を用い、例えば別紙図面Aの第3図に見られるように、ケーブル導体を構成するものである。即ち複数本の銅素線を撚り合わせて圧縮整型してセグメント20を構成しているが、この各セグメント20の表面より第2層22の銅素線は酸化第二銅皮膜を有する絶縁素線10よりなり、表面第1層26及び内層24は通常の銅素線からなるものである(7頁7行ないし14行)。酸化第二銅皮膜を有する素線はセグメント20の表面以外でも各セグメントにおいて互に同じ撚線層の位置に配置しておればよく、また、例えば全体を酸化第二銅皮膜を有する素線としてもよいことは勿論である(7頁18行ないし8頁2行)。

(3)  作用効果

本件発明は、その構成によって、近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる外、特に他に考えらる素線絶縁とは異なり、薄くて安定でしかも製造容易な酸化第二銅皮膜による素線を用いた効果として接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去することができるので、溶接接続が容易であり、特に素線絶縁が表層近くにある場合は接続時における素線の酸化皮膜は、その皮膜を除去するのに効率が良く皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち、0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上り導体径が太くならず、絶縁油に対しても安定で、体積抵抗率104~106Ω・cmであって前述のエナメル素線絶縁に於けるが如き各種の欠点を生ずることなく、これにより初めて素線絶縁の実用化を推進することができる(8頁3行ないし9頁1行)。

2  取消事由1(本件補正の適否)について

原告は、本件補正は当初明細書および図面の要旨を変更するものであるから、本件発明の特許出願は本件補正がなされた時とみなすべきであると主張する。

補正明細書の特許請求の範囲には、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁素線が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体」と記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第2号証によれば、当初明細書の特許請求の範囲1項には、「導線素線をより合わせてなるより線導体において、表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませることを特徴とするケーブル導体」と記載されていることが認められる。

そこで、両者の構成を対比してみると、前者の「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体」が、後者の「導線素線をより合わせてなるより線導体」の一態様であることは明らかであり、前者の「酸化第二銅による絶縁素線が設けられている素線」が、後者の「表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線」の一態様であることも明らかである。また、前者の「各セグメントに(中略)絶縁素線が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設」する構成は、いうまでもなく後者の「素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませる」構成の一態様にほかならない。したがって、本件発明が要旨とする構成は、当初明細書の特許請求の範囲に記載されている構成の一態様であることは、明らかである。

しかしながら、概念的には当初明細書の特許請求の範囲に記載されている構成に包含されるものであっても、当初明細書および図面の記載から当業者に自明のものでない構成を発明の要旨にする補正は、発明の要旨を変更するものであると解さなければならない。

そこで、原告が主張する別紙Eに記載されているタイプCおよびDの構成(これらが、本件発明の構成に含まれることは、被告も認めるところである。)が、当初明細書および図面の記載から、当業者にとって自明であったか否かを検討する。

前掲甲第3号証によれば、当初明細書には、「本発明は、ケーブル導体の全部を以上の絶縁素線10で構成する場合と、一部分にこれを使用する場合の両方を含む。一部分に使用する例としては、〈1〉実公昭31-14、951号公報に記載のように(第3図参照)、セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にする、〈2〉円形より線導体の場合には「第4図」のように中心から同心的に絶縁素線10を配置し、外側を非絶縁素線30にするなどがある。また上記と逆、すなわち「第5図」のように中心から同心的に非絶縁素線30、外側を絶縁素線10としてもよいことはもちろんである。」(3頁1行ないし12行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、まず、当初明細書は、ケーブル導体の表皮効果を低減する手段として、分割導体のセグメントを単位として絶縁素線を配置する方法と、円形より線導体を単位として絶縁素線を配置する方法とを、等価のものとして開示していることが明らかである。そして、当初明細書および図面は、セグメントあるいは円形より線導体に配置する絶縁素線は、第3図のように1層のみとしてもよく、第4図あるいは第5図のように複数層としてもよいこと、および、第3図あるいは第5図のように最外層の1層を含む外層に配置してもよく、第4図のように中心を含む内層に配置してもよいことを本件発明の構成の例示として開示する半面において、前掲甲第3号証によれば、上記絶縁素線の配置構成を例示されたものに限定するとの記載や、セグメントあるいは円形より線導体を、絶縁素線を配置した層と非絶縁素線を配置した層の2つのみに分割することの技術的意味を明らかにする記載は、当初明細書および図面には全く存しないことが認められる。

以上のような当初明細書および図面に開示されている事項を参照すれば、セグメントあるいは円形より線導体を構成する素線の層を3つ以上に分割し、それらの層のうち、最外層を含む外層あるいは中心を含む内層以外の層に絶縁素線を配置する構成、すなわち、別紙図面EのタイプCあるいはDの構成であっても、ケーブル導体の表皮効果を低減しうるであろうことは、当業者ならば自明のこととして理解できるというべきである。

なお、本件補正によって加えられた本件発明が奏する作用効果は、後記のとおり、当初明細書に記載されている特許請求の範囲の構成から、当業者ならば当然に予測できた事項にすぎないものである。

以上のとおり、本件補正後の特許請求の範囲および実施例として示された別紙図面Aの第3図は、いずれも当初明細書および図面の要旨を変更するものと認めることはできないから、本件補正は適正に行われたとする審決の結論は正当である。よって、本件発明の特許出願日は本件補正がなされた日とみなされるべきであるという原告の主張は、採用することができない。

2  そこで、本件発明の進歩性について判断する。

(1)成立に争いない甲第6号証によれば、引用例1は「電力ケーブル用大サイズ導体の表皮効果」と題する論文であって、図1(a)には6セグメントからなる導体が示され、図3には絶縁素線を用い6セグメントからなる導体の表皮効果係数が他のものよりはるかに低いことが示されており(別紙図面D参照)、「銅導体の表皮効果係数は、理論値より大きく素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分である」)(164頁15行ないし17行)と記載されていることが認められる。なお、図3に示されている素線の絶縁は、エナメルコーテイングによるものと認められる(同頁9行)。

ところで、別紙図面Eは、本件発明が要旨とする構成を示すものとして原告が主張したものであり、いずれのタイプも本件発明の特許請求の範囲に含まれるものと認められるが、同図のタイプAと上記別紙図面Dの図1とを対比してみると、両者は、素線の絶縁材料の点において相違するにすぎないことが明らかである。

一方、成立に争いない甲第7号証によれば、引用例2は名称を「ケーブルの分割導体」とする考案に関するものであって、「断面積大なる単心ケーブルの導体は、その表皮効果による交流実効抵抗の増大を減殺する為に」(左欄12行ないし14行)、「断面扇形に撚成された撚線セグメントA2、A4と外表面に酸化銅皮膜S1、S3を生成せしめた撚線セグメントA1、A3とよりなるケーブルの分割導体の構造」(右欄19行ないし22行。別紙図面C参照)が示され、「撚線セグメント相互を電気的に遮断する絶縁層はそれ程絶縁耐力の高いものでなくとも実用上差支えないもので、可成り低い絶縁でも実効抵抗軽減の効果は変わらぬものである」(右欄7行ないし10行)と記載されていることが認められる。

以上のとおり、ケーブル導体における表皮効果の低減手段として、引用例1記載のようにセグメントを構成する銅素線自体を絶縁すること、および、引用例2記載のように絶縁を施してない導素線を撚り合わせて構成したセグメントの外表面を絶縁することは、いずれも本件出願前における公知技術であったのであるから、引用例1に記載されている銅素線の絶縁材料であるエナメルコーテイングに換えて、引用例2記載の絶縁材料である酸化銅皮膜を適用して、別紙図面EのタイプA記載の構成を得る程度のことは、当業者ならば容易に想到しえた事項というべきである。

(2)この点について、被告は、引用例2記載の考案は、断面扇形外表面部に酸化銅皮膜を生成させた技術であって、本件発明のように素線に酸化第二銅皮膜を設けたものではない旨主張するが、本件発明の進歩性を判断するために引用する引用例2記載の技術は、導体の絶縁材料として酸化銅皮膜を適用することが公知技術であるという点であって、セグメントを構成する銅素線自体に絶縁皮膜を設けて絶縁することは引用例1に開示されているから、被告主張の理由により前記(1)の認定判断を左右することはできない。

また、被告は、引用例2記載の考案におけるケーブル導体の表皮効果の低減は導体を幾つかのセグメントに分割した結果として得られたのであって、各セグメントの外表面に酸化銅皮膜を形成することは表皮効果の低減とは無関係であるから、引用例1記載の技術と引用例2記載の技術との組合わせをいう原告の主張は、前提において誤っていると主張する。

検討するに、成立に争いない甲第25号証(株式会社電気書院1989年3月25日第1版第1刷、1994年5月25日第2版第1刷発行「新版・電力ケーブル技術ハンドブック」)によれば、

a 「通例600~800mm2(中略)の大サイズになると、表皮効果による電流低減の影響が無視できないため、圧縮成形したセグメントを、絶縁紙などで互いに絶縁しながら複数個組合せた分割圧縮円形より線も広く実用化されている。」(81頁下から14行ないし10行)

b 「大サイズ導体では、表皮効果、近接効果を低減するため一般に分割導体が用いられているが、さらに表皮効果、近接効果を減らすためには、素線間の抵抗を増す必要がある。層絶縁導体は、分割導体セグメントのより層間に絶縁紙等を挿入して、より層間を絶縁したものである。さらに徹底して、各素線一本一本を絶縁するものが素線絶縁導体である。」(249頁12行ないし17行)

c 「表皮効果は、大きな交流電流が導体を流れる際に、その電流自体の電磁界の作用によって、個々の導体の中心部に流れずに表面近傍を流れようとする現象であり、この結果ケーブルの導体サイズを大きくして導体電流値を大きくしようとする場合に、見かけ上の交流抵抗が高くなる。この効果を抑えるために、導体サイズ600~2000mm2のケーブルについては分割圧縮円形より線が広く使われ、さらに大きなサイズ(2500mm2以上)の場合には、素線絶縁導体が採用されている。」(492頁下から10行ないし15行)

と記載されていることが認められる(なお、成立に争いない甲第21号証によれば、aの記載は、昭和49年6月10日発行の同書76頁にも掲載されていることが認められる。)。

前掲甲第25号証は、本件出願後に刊行されたものであるが、以上の記載は、その内容からみて、本件出願当時の技術常識を示すものであって、その出願後に初めて知られたものとは考えられない。そして、これによれば、確かに大サイズのケーブル導体を分割することによっても表皮効果を低減しうることが認められるが、表皮効果をより有効に低減し、実用に耐えるものにするためには、各セグメント間の絶縁あるいは素線間の絶縁を行う必要があると解することができるから、素線間の絶縁に係る引用例1記載の技術と、セグメント間の絶縁に係る引用例2記載の技術との組合わせをいう原告の主張が、前提において誤っているということはできない。

また、被告は、乙第9号証の記載を例示して、各セグメントを絶縁することがケーブル導体の表皮効果の低減手段であるとしても、導素線の絶縁とセグメントの絶縁とは等価ではなく、同じ電流を流すためにセグメント絶縁ならば断面積4000mm2の導体を必要とするのに対し、銅素線絶縁ならば断面積2500mm2の導体でよいと主張する。

しかしながら、セグメント絶縁と比較すれば、銅素線絶縁のほうが絶縁された導電部分が小さいから、表皮効果をより低減しうるのは当然のことであって、いずれの手段を採用するかは、所要経費などを考慮して当業者が適宜に決定すべき事項にすぎず、この点が引用例1記載の技術に引用例2記載の技術を適用することを着想することの妨げとなるとは解されない。

(3)被告は、さらに、引用例2に記載されている酸化銅皮膜は酸化第一銅であって、酸化第二銅ではないと主張する。

しかしながら、前掲甲第4号証によれば、被告自身が、補正明細書において、「銅素線上に酸化第二銅皮膜を形成する手段は極めて簡単で、その被膜厚も薄く、強じんで他の(「地の」の誤記と考えられる。)銅素線と一体化しており、機械的な摩擦、屈曲などで剥離するおそれもなく化学的にも安定で熱的にも強く、しかも素線絶縁に充分な性能を有する(中略)ものであり、半導電性であるために従来通りの導体遮蔽設計ができる。これに対し、酸化第一銅皮膜は(中略)機械的にも弱く、化学的にも不安定で耐熱性も悪く、素線絶縁に好ましい表面抵抗を有するものは得られないので素線絶縁に採用することができず、又、通常酸化銅皮膜と称されている酸化第一銅を包含する皮膜はこれまた前述の如き好ましくない特性を有するところから素線絶縁には採用し得ない。」(6頁11行ないし7頁6行)と記載していることが認められるが、酸化銅皮膜の物性に関するこのような知見は、本件出願当時の技術常識であったことが明らかである。

このことは、成立に争いない甲第9号証によれば、昭和49年特許出願公告第36520号公報には、「酸化第2銅層は密着性が非常に良く厚みが薄いにもかかわらず、耐磨耗性、引っ掻き強さも良くコイル巻き作業に充分耐え得る。又絶縁耐圧も超電導マグネットに使用するに充分な値が得られている。」(3欄の第1表下1行ないし5行)と記載されていることが認められることからも裏付けられる。

したがって、引用例1記載の絶縁材料であるエナメルコーテイングを引用例2記載の絶縁材料である酸化銅皮膜に置き換えるに際し、その酸化銅皮膜として酸化第二銅を採用することは、当業者ならば当然の選択というほかはない。

この点について、被告は、引用例2に酸化銅皮膜の生成方法として「ガスバーナーの焔を外表面に当てて加熱する」(右欄5行)と記載されていることを捉えて、銅を加熱すると580℃以上の温度においては酸化第一銅が生成し、酸化第二銅の生成はそれ以下の温度範囲において行われるところ、常用されているブンゼンバーナーの焔の外縁の温度は約1400℃であり、これを撚線セグメントの外表面に当てれば銅線の外表面の温度は少なくとも800℃以上に達するから、酸化第二銅が形成される余地はないと主張する。

しかしながら、ガスバーナーによる加熱によっても、酸化第二銅の形成に適する温度範囲(成立に争いない甲第8号証及び乙第2号証によれば、その温度範囲は約250ないし450℃と認められる。)を設定することは技術的に極めて容易と考えられるのみならず、そもそも前記のような技術常識のもとに引用例2を読む限り、当業者であれば、そこに記載されている酸化銅皮膜は酸化第二銅であろうと容易に理解し得るところであり、これを酸化第一銅と理解する理由は全くないといわざるをえないから、被告の上記主張は失当である。引用例2の、「本案によれば(中略)紙絶縁の場合に比し(中略)絶縁剥離のおそれが全くない」(右欄13行ないし17行)という記載は、引用例2にいう酸化銅皮膜が酸化第二銅皮膜であると理解することに、何ら妨げとなるものではない。

したがって、銅素線を撚り合わせて構成している分割圧縮型撚線導体において、その各セグメントにエナメルによる絶縁皮膜が設けられているいる素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配置したことを特徴とするケーブル導体である引用例1記載の技術において、その絶縁材料としてのエナメル皮膜に換えて、引用例2記載の考案における絶縁材料である酸化第二銅皮膜を用い、本件発明と同一の構成を得ることは、当業者において容易に想到し得た事項というべきである。

(4)なお、本件発明の進歩性を作用効果の予測性からみても、本件発明の作用効果とされる事項(上記1(3))は、本件発明の特徴的な構成である「各セグメントに(中略)絶縁皮膜が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設した」構成に由来するものではなく、ひっきょう、酸化第二銅自体の物性に由来するものといわざるをえない。しかるに、酸化第二銅自体の物性は、前記のように、本件発明の特許出願前における技術常識であるから、これをケーブル導体を構成する導素線の絶縁に採用したときに得られる作用効果は、当業者ならば当然に予測しえた範囲内の事項というべきである。

すなわち、本件発明の作用効果とされる「近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる」点、および、「皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち、0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上り導体径が太くならず」という点は、前記甲第9号証の「絶縁耐圧も(中略)充分な値が得られている」、および、「酸化第二銅は密着性が非常に良く厚みが薄い」という記載から当然に予測しうるし、本件発明の作用効果とされる「接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去することができるので、溶接接続が容易であ」るという点も、いずれも成立に争いない甲第15号証(日刊工業新聞社昭和46年7月25日発行「めっき技術便覧」124頁4行ないし7行の銅および銅合金の酸洗に関する記載)、第16号証(産業図書株式会社昭和44年8月30日発行「新版表面処理ハンドブック」122頁11行ないし16行の銅およびしんちゅうの酸、アルカリ洗いに関する記載)および第17号証(日刊工業新聞社昭和52年12月25日発行「金属表面技術便覧(改訂新版)」180頁8行ないし10行の銅、黄銅の酸洗い法に関する記載)から、当業者ならば容易に予測しうる事項にすぎない。なお、本件発明の作用効果とされる「素線絶縁が表層近くにある場合は接続時における素線の酸化皮膜は、その皮膜を除去するのに効率が良く」との点は本件発明における一態様の奏する作用効果にすぎず、「絶縁油に対しても安定」という点は、本件発明が絶縁油を用いるケーブルに限定されるものでない以上、本件発明の要旨に基づくものとはいえないから、いずれも失当である。

また、前掲甲第4号証によれば、本件発明の作用効果とされる「体積抵抗率104~106Ω・cmであって前述のエナメル素線絶縁に於けるが如き各種の欠点を生ずることなく」という点は、補正明細書の「エナメル皮膜による素線絶縁では、ステンレステープ巻および内部遮蔽層と内部の導体とが絶縁されるため、通常のケーブルでは発生しない異常電圧により放電が生じ、エナメル皮膜の熱分解劣化を起こすおそれがある。」(3頁9ないし13行)、「導体に高電圧が印加されても、電位分担が微少であるから異常電圧、充電電流に起因する放電の発生が防げる。」(5頁4ないし7行)の記載を受けたものと認められる。しかしながら、これらの記載が当たらないことは、原告が的確に主張(事実欄第2の3(3)カ)しているとおりと考えられ、これを左右すべき理由は、本件証拠上認めることができない。

したがって、本件発明が奏する作用効果は、格別に顕著なものと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、本件発明は、その特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明(引用例1)および公然知られた発明(引用例2)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

したがって、原告が主張する理由および提示した証拠方法によっては本件発明の特許を無効にすることはできないとして、原告の審判請求を退けた審決は違法であって、取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

〈省略〉

別紙図面B

〈省略〉

別紙図面C

〈省略〉

別紙図面D

〈省略〉

別紙図面E

本件特許の「特許請求の範囲」に含まれるケーブル導体

◎:酸化第二銅皮膜つき素線

○:裸素線

〈省略〉

昭和63年審判第6349号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

請求人 古河電気工業株式会社

東京都江東区木場1丁目5番1号

被請求人 藤倉電線株式会社

東京都千代田区内神田二丁目15番13号 南部ビル 竹内・村迫特許事務所

代理人弁理士 竹内守

上記当事者間の特許第1402938号発明「ケーブル導体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.本件特許の経緯

本件特許第1402938号発明(以下、「本件発明」という)は昭和53年5月24日になされた実用新案登録出願(実願昭53-69890号)を、昭和53年10月27日に特許出願に変更された出願(特願昭53-132333号、以下、「本願」という)であって、昭和60年12月13日に出願公告(特公昭60-57165号)がされた後、昭和62年9月28日に特許権の設定の登録がされたものである。

Ⅱ.本件発明の要旨

本件発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体」

Ⅲ.請求人の主張

これに対して請求人は、甲第1号証ないし甲第12号証を提示し、下記に要約した第1ないし第3の理由により、本件特許は無効にすべきであると主張している。

(第1の理由)

本件発明は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項の規定により、本件発明については特許を受けることができない。

(第2の理由)

本件発明は、甲第1号証ないし甲第5号証および甲第8号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、本件発明については特許を受けることができない。

(第3の理由)

本願の願書に添付した明細書および図面についいて、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前である昭和60年7月19日付けでした補正は、これらの要旨を変更するものであるから、特許法第40条の規定により、本願は昭和60年7月19日にしたものとみなされる。

このとき、本件発明は、甲第1号証ないし甲第5号証および甲第8号証に加えて、甲第11号証および甲第12号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、本件発明については特許を受けることができない。

Ⅳ.当審の判断

次に、請求人の主張について検討する。

(要旨変更・特許出願をした時)

本願は、昭和53年5月24日に特許出願をしたものとみなされるところ、請求人は、昭和60年7月19日付けでした補正は、明細書の要旨を変更するものであるから特許法第40条の規定により本願はその補正をした日にしたものとみなされる旨主張し、また被請求人もこれについて争っているので、まづ、この点について検討する。

要旨変更に関する請求人の主張

要旨変更に関する請求人の主張の趣旨は、概略以下のとおりである。

(1)補正(昭和60年7月19日付け手続補正書の写し(甲第9号証))により、特許請求の範囲および実施例が補正された。

(2)補正後の特許請求の範囲第1項に記載された「絶縁皮膜が設けられている素線を少なくとも1層、互いに同一撚層になる位置に配置したこと」は、出願当初の明細書に記載された「素緑絶縁を行った素線を少なくも一部分に含ませること」の下位概念には相当するものの、補正後の実施例(補正後の第3図に相当)の「セグメント表面層以外の内部の同一撚層の何れか一層の全素線に絶縁素線を配設することによって、分割部分を構成する大きさが順次小さくなっていく扇形部分を互いに絶縁し層間絶録の機能を持たせた構成」については、出願当初の明細書及び図面には記載されておらず、また同明細書及び図面の記載からみて自明な事項とも言えない。

(3)このような補正は、特許庁発行の「審査基準の手引」(甲第10号証)の「4.1.2.1 特許請求の範囲が補正されて要旨変更になるもの」に相当する。

出願当初の明細書および図面の内容

出願当初の明細書および図面には、次の事項〈1〉~〈4〉が記載されている。

〈1〉「表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませること」および「酸化皮膜が、銅の表面を酸化させて形成した酸化第二銅であること」。(特許請求の範囲の欄)

〈2〉第3図を参照して、「セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にすること」。(第3頁第5行ないし第7行)

〈3〉第4図および第5図を参照して、「円形より線導体の場合には中心から同心的に絶縁素線10を配置し、外側を非絶縁素線30にすること」、および「また上記と逆としてもよいこと」。(第3頁第7行ないし第12行)。

〈4〉「ヶーブル導体の全部を絶縁素線10で溝成すること」。(第3頁第16行および第17行)

補正の内容

昭和60年7月19日付けの補正の内容は、以下〈イ〉、〈ロ〉のとおりである。

〈イ〉特許請求の範囲

第1項が「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体」と、第2項が「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を前記分割圧縮整型撚線導体の表面層に配置したことを特徴とする特許請求の範囲第1項配載のケーブル導体」

と補正された。

〈ロ〉発明の詳細な説明および図面

実施例に関して、第3図が補正され、さらに第3図に関する記載が「本発明ではこのような酸化第二銅皮膜を設けた銅素線を用い、例えば第3図に見られるように、ケーブル導体を構成するものである。即ち複数本の銅素線を撚り合わせて圧縮整型してセグメント20を構成しているが、この各セグメント20の表面より第2層22の銅素線は酸化第二銅皮膜を有する絶縁素線10よりなり、表面第1層26及び内層24は通常の銅素線からなるものである。なお、図ではセグメントの数が6ケであるが、これに限られるものではない。又、酸化第二銅皮膜を有する素線はセグメント20の表面以外でも各セグメントで互に同じ撚線層の位置に配置しておればよく、又、例えば全体を酸化第二銅皮膜を有する素線としてもよいことは勿論である。」

と補正された。

特許請求の範囲の補正について

前記〈2〉に記載されたケーブル導体は、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を外層に配設したことを特徴とするケーブル導体」に相当する。

ここで、セグメントの断面を示す第3図に於いて、外層22はセグメント20の表面の全周囲(円弧状部および直線部)にわたり表面断面形状に相似する形状の層として示されていること、および各セグメントは圧縮整型撚線導体であるからその表面断面形状に相似する形状の層が同一撚層となること、とを考慮すると、「外層」が各セグメントに於いて「素線が互に同一撚層になる位置に配設された層」を意味することは明らかである。また、「外層」が最も表面側に位置し単層からなる層(最外層)だけを意味するのではなく、「最外層」をも含む複数の層からなる層をも意味すること、すなわち「少くも1層からなること」は、セグメント20に対応する円形より線導体の断面を示す第5図に於いて、中心が同心的に外側の層が絶縁素線10の複数の層からなることが示されていることからみても、明らかである。

してみると、「外層」は「素線が少くも1層、互に同一撚着になる位置に配設された層」に相当し、しかもこのような層を「分割圧縮整型撚線導体の表面層に配置した」ものにも相当すると言うことができる。

したがって、補正された特許請求の範囲に記載された事項〈イ〉は、第1項および第2項の何れについても、出願当初の明細書および図面に記載された事項の範囲内のものである。

発明の詳細な説明および図面の補正について

さらに、前記〈3〉および〈4〉には、「素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設された層」を配置する位置の例として、「外側」、「内側」および「全部」に配置することが記載されているが、これらの例と前記〈1〉の「少くとも一部分に含ませる」という記載とを参酌すると、前記「外側」および「内側」の外に「内部」の位置に配置することは、前記配置する位置の例として出願当初すでに示されていたと書うことができる。ここで、円形より線導体がセグメント22に対応することを考慮すると、各セグメントに於いて「内部」の位置に配置することも、出願当初すでに示されていたと言うことができる。

そして、前記補正された箇所に記載された絶縁素線の配置位置がこの「内部」の位置に含まれることは明らかである。

したがって、実施例に関する前記補正された箇所に記載された事項〈ロ〉も、出願当初の明細書および図面に記載された事項の範囲内のものである。

まとめ

以上のことから、補正後の特許請求の範囲に記載された事項および補正後の実施例に関する事項は、いづれも、出願当初の明細書および図面に記載された事項の範囲内のものであり、請求人の主張は認められず、昭和60年7月19日付けでした補正は明細書の要旨を変更するものであると言うことはできない。

(各甲号証に記載された事項)

次に、請求人が提出した甲第1号証(実公昭31-8449号公報)、甲第2号証(実公昭30-5577号公報)、甲第3号証(実公昭38-7770号公報)、甲第4号証(実公昭31-14951号公報)、甲第5号証(昭和52年電気学会東京支部大会講演論文集〔1〕(昭和52年11月) 第163頁ないし第164頁)、甲第8号証(古河電工時報 第23号 (昭和35年10月28日) 第65頁ないし第71頁)、甲第11号証(特開昭54-119684号公報)および甲第12号証(実願昭55-14843号(実開昭56-115809号)の願書に添付された明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム)には、おのおの、概略以下の事項が記載されている。

甲第1号証

断面扇形になるように撚成された撚線セグメントの外表面に酸化銅皮膜を生成せしめた撚線セグメントよりなるケーブルの分割導体。

この分割導体は、表皮効果による交流実効抵抗の増大を減殺する効果を有すること。

〈2〉甲第2号証

分割導体の各セグメント(撚導体)を半導体紙によって分離することにより表皮効果による交流抵抗を絶縁紙で分離した場合と同様に減少させ、且つ分割導体の外周に半導体紙を密接して設けることにより外側の金属遮蔽層と内部導体との隔離のためのストレスの増加による局部放電を防止すること。

甲第3号証

表皮効果と近接効果を防止する電気ケーブル導体に関し、電気ケーブル導体の中央部分は各セグメント(扇形導線)の夫々を半導電性薄膜で分離し、外周と外部線との間にも半導電性薄膜を設けること。

甲第4号証

各セグメント(分割撚線導体)の最外層のみに数本の絶縁素線を混入し、且つ最外層とその内側層との間に絶縁層を設けて表皮作用を低減せしめた分割導体ケーブル。

絶縁素線は例えばポリビニルフオルマール焼付銅線であること。

甲第5号証

各セグメントを構成する銅素線の全てについて素線表面の全周をエナメル皮膜で被覆することにより表皮効果係数を低くした電力ケーブル用大サイズ導体。

銅導体の表皮効果係数は、素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分であること。

甲第8号証

銅の表面酸化過程に於いて銅表面に生成される酸化第一鍋および酸化第二銅と、加熱温度および加熱時間との関係。

甲第11号証

電力ケーブルの分割導体。

甲第12号証

電力ケーブル用素線絶縁分割導体。

(第1の理由について)

本件発明と甲第1号証に記載されたものとを比較すると、甲第1号証には、表皮効果による交流実効抵抗の増大を防止する点は記載されているが、本件発明の素線の具体的構成である

「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」

という構成については、記載されていない。

したがって、本件発明は甲第1号証に記載された発明と同一であるとすることはできない。

(第2の理由について)

本件発明と甲第1号証ないし甲第5号証および甲第8号証に記載されたものとを比較すると、甲第1号証ないし甲第5号証には、表皮効果による交流実効抵抗の増大を防止する点が、甲第8号証には、銅の表面に加熱により酸化第二銅が生成される点がおのおの記載されてはいるものの、本件発明の素線の具体的構成である

「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」

という構成については、前記甲各号証のいづれにも記載されていないばかりでなく、また、示唆する記載もない。

なお、請求人は、甲第5号証の「銅導体の表皮効果係数は、素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分であること」との記載をとらえて、「積極的に銅素線表面に酸化物皮膜を設ければ表皮効果低減が達成できることが示唆されている」と述べているが、甲第5号証には、銅の素線表面に自然に生じた酸化膜について記載されているにすぎず、銅の素線表面に酸化物皮膜を積極的に形成することについては何ら記載されていない。

そして、本件発明は、前述した「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」という構成を備えることにより、明細書に記載された「接続に際し容易に皮膜を除去することができる」、「仕上り導体径が太くならず、絶縁油に対しても安定である」等の前記甲各号証の記載からは予測することができない効果が得られるものと認められる。

したがって、本件発明は、甲第1号証ないし甲第5号証および甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(第3の理由について)

前述のとおり要旨変更は認められないから、本願について特許法第40条の規定は適用されない。

したがって、本願は、昭和53年5月24日にしたものとみなされる。

甲第11号証および甲第12号証は、いづれも、昭和53年5月24日より後に頒布されたものであり、特許法第29条に規定する「特許出願前に日本国内又は外国に於いて頒布された刊行物」には当たらないことから、証拠として採用することはできない。

甲第11号証および甲第12号証を証拠として採用しないとき、前記第3の理由は前記第2の理由と同じであり、そして、第2の理由についての当審の判断は前述のとおりである。

Ⅴ.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由および提示した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年3月4日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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